5〜6歳ごろ|約6〜10分|午睡前・寝る前
日本の昔話「わらしべ長者」を、5〜6歳ごろの子どもが耳で楽しめるよう再話しています。
わらしべ長者
むかしむかし、あるところに、ひとりの若者が暮らしていました。
若者は、毎日まじめに働いていました。
畑を手伝ったり、荷物を運んだり、頼まれた仕事は何でもしました。
けれど、なかなか暮らしは楽になりません。
「このままでいいのかなあ」
ある日、若者はそう思って、お寺へお参りに行きました。
静かなお堂の中で、手を合わせます。
「どうか、これからどうしたらいいのか、教えてください」
しばらく目を閉じていると、心の中に、こんな言葉が浮かんできました。
「ここを出て、最初に手にしたものを、大切にしなさい」
若者は目を開けました。
「最初に手にしたもの……?」
少し不思議に思いながら、お寺を出ました。
ところが、門を出てすぐのことです。
つまずいて、
どてん!
と転んでしまいました。
「いててて……」
立ち上がろうとして、若者が手を開くと、そこには一本のわらが握られていました。
「まさか、これ?」
細くて、軽くて、風が吹いたら飛んでいってしまいそうな一本のわらです。
「こんなものが、何になるんだろう」
若者は首をかしげました。
けれど、お寺で聞いた言葉を思い出します。
「最初に手にしたものを、大切にしなさい」
「それなら、持っていこう」
若者は、一本のわらを手にして歩き始めました。
しばらく行くと、一匹の小さな虫が、
ぶーん、ぶーん。
若者の顔のまわりを飛び始めました。
「おやおや、元気な虫だな」
若者は虫を傷つけないようにそっとつかまえると、わらの先に軽く結びつけました。
すると虫は、
ぶーん、くるくる。
ぶーん、くるくる。
わらの先で、楽しそうに動きます。
若者は、それを眺めながら歩いていました。
すると向こうから、小さな子どもと、そのお母さんがやってきました。
子どもは、なぜだかしくしく泣いています。
けれど、若者の持っているわらを見ると、
「あっ」
泣くのをやめました。
ぶーん、くるくる。
虫が動くたび、子どもの目もくるくる動きます。
「それ、なあに?」
「一本のわらだよ。虫が遊びにきたみたいだね」
若者が見せてあげると、子どもはにっこり笑いました。
「ほしい!」
若者は少し考えてから、
「いいよ。大切にしてね」
と、わらを渡しました。
子どもはうれしそうに何度もお礼を言いました。
するとお母さんが、
「子どもを笑わせてくださって、ありがとうございます」
と、若者にみかんをいくつか渡してくれました。
若者は、手の中のみかんを見つめました。
一本のわらが、みかんになりました。
「なんだか、不思議だなあ」
若者は、また歩き始めました。
しばらくすると、道のわきに座りこんでいる人がいました。
顔は赤く、息も苦しそうです。
「大丈夫ですか?」
若者が声をかけると、その人は小さくうなずきました。
「暑くて、のどがからからで……」
若者は手に持っていたみかんを見ました。
そして、
「よかったら、これをどうぞ」
と差し出しました。
その人はみかんを食べました。
ひとつ、ふたつ。
甘い汁が口いっぱいに広がります。
「おいしい……」
少しずつ顔色が戻ってきました。
「本当に助かりました。何かお礼をさせてください」
そう言って、その人は荷物の中から、美しい反物を取り出しました。
ことばメモ|反物(たんもの)
着物などを作るための、細長く巻かれた布のこと。
※この「ことばメモ」は物語本文ではなく、保育士・保護者向けの補助情報です。
子どもから意味を聞かれた場合などに参照するためのもので、通常の読み聞かせでは読まなくても構いません。
若者はびっくりしました。
「こんなに立派なもの、いただけません」
「いいえ。あなたのおかげで元気になれました。どうぞ受け取ってください」
若者は何度もお礼を言って、反物を受け取りました。
みかんが、今度は反物になりました。
若者は、ますます不思議な気持ちになりました。
けれど、深く考えすぎず、また道を進みました。
しばらくすると、前の方が何やら騒がしくなっています。
何人かの旅人が、一頭の馬のそばに集まっていました。
馬は地面に伏せて、ぐったりしています。
「どうしたんですか?」
若者が聞くと、旅人のひとりが答えました。
「この馬が急に動けなくなってしまったんです。でも、私たちは急いで先へ行かなくてはならなくて……」
困った顔をしています。
若者は、馬のそばにしゃがみました。
馬の体をそっとなでます。
「疲れてしまったんだな」
若者は近くの水場から水をくんできました。
馬は、
ごく、ごく、ごく。
ゆっくり水を飲みました。
それでも、すぐには立ち上がれません。
旅人たちは相談しました。
そして、若者が持っていた反物を見て言いました。
「その反物を譲っていただけませんか。その代わり、この馬をあなたにお譲りします」
若者は驚きました。
弱っている馬をもらって、どうしたらいいのでしょう。
でも、馬の顔を見ていると、そのまま置いていくことはできませんでした。
「わかりました。私がこの馬を見てみます」
若者は反物を旅人に渡し、馬を引き取りました。
旅人たちは何度もお礼を言って、先へ進んでいきました。
若者は馬のそばで、しばらく休むことにしました。
水を飲ませ、草を食べさせ、ゆっくり体を休ませます。
しばらくすると――
馬の耳が、
ぴん。
と立ちました。
そして、ゆっくり、ゆっくり立ち上がりました。
「おお、元気になったのか」
馬は、
ぶるるる。
と小さく鳴きました。
若者はうれしくなりました。
一本のわらはみかんになり、
みかんは反物になり、
反物は、とうとう一頭の馬になりました。
「次はいったい、どうなるんだろう」
若者自身にも分かりません。
けれど、馬と一緒に歩き始めました。
やがて、大きな屋敷の前を通りかかりました。
すると、屋敷の主人が馬を見て声をかけました。
「なんて立派な馬だ」
主人は、その馬をとても気に入りました。
ちょうど遠くへ出かける用事があり、元気な馬を探していたのです。
「この馬を譲ってもらえないだろうか」
若者は少し考えました。
元気になった馬を見てから、うなずきました。
主人はお礼として、若者に田畑と家を任せることにしました。
若者は驚きました。
けれど、何もしないで暮らしたわけではありません。
朝になると畑へ出て、土を耕しました。
暑い日も、風の日も、毎日こつこつ働きました。
やがて畑には作物が実り、暮らしは少しずつ豊かになっていきました。
ある日の夕方。
仕事を終えた若者は、家の前に座っていました。
遠くの山は、夕日の色に染まっています。
風が吹くと、畑の葉っぱが、
さらさら、さらさら。
と音を立てました。
若者は、ふと昔のことを思い出しました。
お寺を出たとき、手の中にあった、たった一本のわら。
「あのとき、あのわらを捨てなくてよかったな」
若者は静かに笑いました。
一本のわらから始まった長い一日は、
いくつもの出会いにつながっていきました。
空はだんだん夕焼け色から、やさしい夜の色へ変わっていきます。
若者はその景色を眺めながら、
「今日も一日、よく働いたな」
と、静かに思いました。
そして、家の中には、あたたかな明かりがともりました。